私は2005年に一度、位置情報ゲームの運営から離れました。
資金が尽きて清算まで秒読みになったベンチャー企業から離れ、より大きな会社で位置情報技術の実績を積むために再度転職したことがきっかけです。
転職先ではスパイ衛星の地上システム開発にかかわったのですが、200人規模の開発プロジェクトだったためその中で位置情報にかかわる数人は精鋭ぞろいで、ぽっと出の素人位置情報技術者などはその中に加われるわけもなく、結果的に実績は詰めずその他の業務を担当することになりました。
転職先の業務が一時あまりにも忙しくなり、余暇で位置情報ゲームのアンテナ奪取を運営するのが難しくなったため、私は同サイトのソースコードやデータその他を全てモバイルファクトリー社の木村岳文氏に受け渡し、運営を引き継ぎました*1。その後木村氏とモバイルファクトリー社がこの方面を育ててくださったお陰で、今も続く位置情報ゲームの駅奪取、ステーションメモリーなどの系譜に繋がっています。
次の転機は2年後の2007年に訪れます。本業では位置情報技術から離れながらも、余暇では相変わらず自己流位置情報技術を開発し続けていて、業界で知る人ぞ知る「なんか変な事やってる奴」の地位を固めていた私は、あちこちで繋がった「変な」人脈を別の人に紹介してシナジーを起こす「変な人脈」ハブの役割を担っていました。
その一環である日、友人の位置情報事業起業家をマピオン社*2に紹介するために、その友人と2人でマピオン社を訪問しました。
その際にマピオン社の中を見学させていただいて、若い人も多く風通しもよさそうと感じ、友達を紹介するはずが私の方がマピオン社に強い興味を持ちました。
当時いたスパイ衛星案件の大会社で、将来に不安は少ないけど位置情報には関われない仕事を続けるよりも、こちらで仕事をしてみたくないか?と思うようになり、またもや3度目の転職をすることとなったのです。
その頃のマピオン社は、第1回の記事で紹介した個人サイトから立ち上がった位置情報ゲームの系譜とは別に、2005年頃から独自に位置情報ゲームサービスを立ち上げていました。
JR東日本企画社と組んだ夏休み期間だけの限定企画として、NTTドコモの仕様である全国を505エリアに分けたiエリア仕様*3を組み合わせて全国300エリアに再編し、全国統一をユーザに目指させるスタンプラリーゲームを展開していたのです。
初年度の2005年度には「お宝探検隊」というクリエイティブを使い、2年目の2006年度にはいよいよ現在にもつながる天下統一クリエイティブを採用した「ケータイ国盗り合戦」を実施していました。
私はマピオン社への入社後、モバイルサイトの部署に配属されました。
最初の数ヶ月ほどはモバイルサイトのSEO*4を担当した後、夏からいよいよ、マピオン社の位置情報ゲーム企画としては3回目、国盗りとしては2回目となる2007年度夏休み版のケータイ国盗り合戦の企画開発に参加しました。
この企画参加については、当時私は手放したとはいえ元アンテナ奪取運営者として、位置情報詐称対策技術などで知る人ぞ知る存在でしたし、そもそも前年度までのケータイ国盗り合戦も私が開発者でオープンソース化していた経緯度からドコモのiエリアに変換するプログラム*5などを利用して実現されていましたので、技術力を買われて担当することになったのかと思っていたのですが、特にそういうわけでもなくたまたま偶然割り当てることになったそうです。
ともあれ、この担当により2年ぶりに、かつ今回は個人活動ではなく商用サービスとして、私は位置情報ゲームの運営に返り咲くことになりました。
2007年度のケータイ国盗り合戦については、基本的に2006年度のシステムがあるため開発期間もたいしてかからず準備できましたが、追加要素としてアバターと称号システムなどを導入しました。
アバターは自由な着替えこそできませんでしたが、ユーザの住んでいる地域別にかわいいイラストで描かれた織田信長、武田信玄、伊達政宗などのアバターが配布されて、ユーザはそれらの武将になりきることができ、ゲームの進行度合いに従って征夷大将軍などの称号と共に鎧や籠手、兜などのアバターパーツが入手できて、より各大名に近い見た目に育てることができるという要素でした。
翌年2008年からの通年ケータイ国盗り合戦でも導入されたアバター機能や称号機能ですが、限定的とはいえその走りは期間限定サービスだった2007年度版から導入されていたのです。
その他にも、アバター実装した武将はいわゆる日本の戦国武将だけではなく、北海道は蝦夷地としてアイヌ首長のハシタイン、沖縄は琉球王の尚寧を採用するなど、戦国をモチーフとしながらも、その後広がった日本の領域をもれなく組み込めるような世界観の走りも2007年度に導入されました。
結局は導入されませんでしたが面白い設定として、ユーザのアバターによって、じぃのキャラクターが変わるというものも検討されていました。
じぃとはケータイ国盗り合戦の世界観で、殿であるユーザとゲーム世界を繋ぐ狂言回し役を担うキャラクターで、毎日ログインするたびに異なる一言を話すという、大量のコンテンツを用意しなくてはならない運営泣かせのキャラクターです。
このじぃを、ユーザのアバターが伊達政宗ならば片倉小十郎、武田信玄ならば山本勘助などのように、ユーザの選択に合わせて変更して、しゃべり方も方言で話させようという案も挙がっていて、というか挙げたのは私なのですが、さすがにそれはマニアックすぎるという事で却下されました。
当時は残念に思っていましたが、今思えば却下されてよかったと思います。
さらに導入されなかった要素として、本記事の主題に繋がるのですが、位置情報の詐称を防ぐ技術的な仕組みも、当初は導入されませんでした*6。
私は位置情報ゲームを数年運営していたため、位置情報詐称対策をしなければユーザは悪戯を仕掛けてくることを痛いほどわかっていたので、当初から位置情報詐称対策技術を導入すべきだと伝えましたが、いまいち問題の深刻さが分かっていなかった当時の上司は、そんなの導入しなくていいんじゃないの?と判断して導入は見送られたのでした。
私もその時は、まあもう2年も運営してきてるのだし問題になっていないのならばいいか、個人サイトのユーザより商用サイトのユーザは行儀がいいのかもくらいの気持ちで、強く導入を主張しませんでした。
そのことで大騒ぎになるとも思わないままに。
そしていよいよ2007年7月17日、2007年度版ケータイ国盗り合戦が開幕しました。
ケータイ国盗り合戦クリエイティブとしては2度目の開催で、共同運営となるJR東日本企画による山手線内での中釣り広告なども展開され、順調に参加ユーザは増えていきました。
運営にとって嬉しい誤算は、昨年度がよほど評判が良かったのか、昨年度の経験など全く参考にならないほどにすごい勢いで全国を制覇していくユーザが現れた事でした。
2006年と2007年双方に参加いただいた参加者様のブログでも「ちょっと!今年はみんなペース速いよ~~~(汗)去年はたった32国でも1000位以内にランクインできてたのに。」と悲鳴が記録されています。
そして2007年8月28日、ゲーム開始からたったの40日で、ついに「ハカセ」さんが2007年度版最初の天下統一者として名乗りを挙げました。
しかしこの300国制覇が成立する直前、運営の中では「これはあまりにも早すぎる。URL中の経緯度を書き換えて詐称したことによる詐欺攻略ではないか?」との疑いが出て、数時間に及ぶ侃々諤々の議論になっていたのです。
疑われた理由は、何よりも早すぎること、そして、エリア攻略の順番が不自然だったことでした。
正確にどんな順番で取っていたかはさすがに記録は残っていませんが、ある日の中国地方付近の制覇記録はイメージ的にはこんな感じです。
『明石/東播磨 => 淡路島 => 姫路/西播磨 => 備前/瀬戸内 => 岡山/玉野/赤磐 => 高粱/新見 => 倉敷/総社/笠岡...』基本的には山陽道を西に向かっているのですが、時々山奥や海の向こうを制覇しつつ、全体を1時間かそこらで制覇していたのです。
こんなあっちに飛んだりこっちに飛んだりしながら、数十分で移動できるわけないだろう、これは絶対詐称だろ?ということで9割9分、詐欺だと判断する方向に傾いていました。
しかし、風向きが変わったのが「これ、たまに対岸取りが混ざっているだけの新幹線移動じゃないの?」という意見が出た事でした。
対岸取りとは、高い山や海の向こうなどの遠い携帯電話基地局からの電波を掴んだケータイが、その遠い基地局の場所を現在地として返すことにより、行ってもいないのに思ってもみない遠くのエリアを攻略できてしまう事を言います。
どんな場所でも起こるのですが、海の表面で電波が反射することで、海の向こうの島などが取れることがよくあったので、対岸取りという呼び名が定着しました*7。
偶然の産物である対岸取りが成立しつつ新幹線で移動すれば、確かにこんな取り方もできるかも、と運営メンバー皆がその意見を聞いて考えるようになりました。
何より、限りなく黒に近いグレーなら黒と判定するのも仕方ないところでしたが、黒か白か五分五分?というくらいにまでなったのであれば、白で冤罪であった場合にそこまでゲームにのめり込んでくれた方を犯人扱いするとあまりにも可哀想だし悪評の原因にもなるので、白と判定し受け入れることにしました。
かくして、2007年度版ケータイ国盗り初の全国制覇者、ハカセさんはその栄光を手にすることになったのです。
ハカセさんは数時間の会議の結果、受け入れることに決定しましたが、まさか制覇者が出るたびに、数時間この制覇者は正当クリア者か詐称者か?などと会議するわけにもいきません。
上司もようやく詐称対策の必要性を理解して、すぐに詐称対策技術の導入をするよう指示があり、私は数日かけて位置詐称ができない仕組みを2007年度版ケータイ国盗り合戦のプログラムに組み込みました。
さらに、翌2008年からの通年版ケータイ国盗り合戦*8では、もっと根本的なプラットフォームそのものに詐称できなくする仕組みを組み込んだ開発を行いました。
これにより、それ以降の2007年度版と通年サービスの国盗り合戦では、制覇者が出るたびに何時間もかけた真偽判定の会議などをする必要はなくなり、基本的にはユーザを信用できるようになりました。
今となっては、ハカセさんが本当に正しい制覇者だったのか、それともやっぱり実は悪い手段を使ってダマし制覇した人なのかはわかりません。
それだけでなく、ハカセさん事件がきっかけで位置詐称対策が導入される以前の他のユーザの全ての位置取得も、正しい結果なのか悪意ある結果なのかもわかりません。
結局、こういう悪い事をさせないための対策って、導入する時に「大事なお客さんを疑うのか」的な話になることはあるあるだと思いますが、そういう問題ではなくて、いざ何か疑わざるを得ないような問題が起きた際に、「いや、これだけの対策をしているのだから、基本的にはユーザを信用してもいいんだ」と、いらぬ疑いを向けずにユーザを信じ続けられる状況を作るためにこそ導入するんですよね。
そのことをよく理解できた事件でした。
*1:今であれば個人情報保護などで、データ受け渡しにはユーザ全員の同意を得る必要があるとかややこしいのでしょうが、当時はそのような縛りもなかったのでおおらかなものでした。
*2:一番有名であろう社名を使いましたが、正確には入社当時の社名はサイバーマップジャパン社で、現在の社名はワンコンパス社になります。
*3:当時のガラケーでは、KDDI、Softbank、PHSのWillcomはじめ、ケータイ向けWebサイトから経緯度を取得できる仕組みがあったのですが、DoCoMoだけ、位置情報サイト黎明期と言える2001年頃から2007年12月までの間、経緯度を取得する仕組みがなく、DoCoMoが勝手に決めた全国505エリアのどこにいるかを取得する形での位置情報しか得ることができませんでした。これはとても恣意的な分け方をされたエリアで、金沢は町の中の繁華街にいるか観光地にいるかとかまで判定できるのに、広島は周辺の市町村まで巻き込んで広島県西方にいるといったレベルでしか位置が取得できないなど、とても使いにくいものでしたが、一番ユーザのいるDoCoMoがそれを採用しているのでサービス企画者はそれに従うほかなく、スタンプラリーゲームなども505エリアをベースにしたものしか設計できませんでした。
*4:検索サイトの上位に表示されるための施策のこと。このSEO対策でもチームで結果を出して社長賞をいただき、賞金で生まれて初めて、人形町今半というような高級肉店ですき焼きをいただきました。口の中でとろける肉なんて初めて食べましたね。
*5:DoCoMoは505エリアでしか位置を返さないのでそれを元にゲームを設計するしかなかったのですが、KDDIなど他のキャリアでは経緯度を返すので、DoCoMoのエリア仕様に従って各エリアに振り分ける必要がありました。その変換するプログラムを当時の私はオープンソース(一定の条件に従えば誰でも無償で使えるプログラム)で公開しており、マピオン社のケータイ国盗り合戦でも、私の入社前からこのプログラムが使われていました。
*6:この位置情報詐称を防ぐ技術について、もう少し詳しく説明しておく必要があります。この時代のケータイWebで位置情報を取得する方法は、WebサイトのURLに対して、http://example.com/?lng=XXX.XX.XX&lat=XX.XX.XXといった形で経緯度が通知される仕様となっていました。ですが当然ながら、ブラウザのURLはユーザが自由に書き換え可能ですから、何も対策を打たなければユーザがこの経緯度を書き換えて、誰でも家の部屋から一歩も出ずに日本全国を攻略可能、ということになってしまいます。これを防ぐために、位置情報を取得するページのURLには常に毎回変わる有効期限付き、1回だけ有効で最新だけ有効の秘密文字列を埋め込み、そのURLに対して経緯度が伝えられると、ただちにその経緯度と秘密文字列をセットで検証用暗号化してURLに送り直し、ユーザが偽装不可能にする技術が開発されました。このようなノウハウは、私を含めその他の個人開発位置情報サイトの運営者はそれぞれ独自に開発していましたが、逆にマピオン社はじめ商用に開発したサービスはほとんどその辺に注意を払っていなかったため、私が合流するまでその必要性にすら気付いていないという状況だったのでした。
*7:常時GPSがまともに機能する現在のスマホではほとんど起きませんが、初期のケータイの場合、GPSがうまく機能せずに、代わりに電波を受信している基地局の位置を経緯度として返す事がよくありました。また、GPSで位置が確定するまでに数10秒と長い時間がかかっていたりもしたので、GPSが機能していても好んで基地局の位置を使う人もいたり、そもそも古い機種ではGPSがついていなくて基地局の位置しか取れないケータイもありました。それゆえに、現地に行っていなくてもエリアが取れてしまう対岸取りは、技術的に判別しようがないので容認されていただけではなく、もっと積極的に位置情報ゲームの面白い要素として受け入れられていたりもしました。